観光おもてなしにITを生かす@山都町


 

地域づくりコンサルタント「トトハウス」の代表であり、大学の先輩・前田さんのお手伝いで、山都町(やまとちょう)馬見原(まみはら)に行ってまいりました。

 

上益城地域観光推進協議会主催の「もてなしスタッフ養成講座」なるワークショップで、前半は実際に馬見原商店街をまちあるき、後半は町内で撮った写真についてあれこれ語らい、観光客をどうおもてなしするかの勉強会でした。

 

早く着きそうだったので「通潤橋」(つうじゅんきょう/山都町)に立ち寄り。雨の中たたずむ姿も勇壮。

 

そしてやってまいりました、山都町馬見原。合併前は阿蘇郡蘇陽町(そようまち)。「九州のへそ」を標榜する町。

 

まずは公民館で本日の流れを説明して、60名近い参加者を4グループに分けたら、まちあるきに出発!

案内役は「ECO九州ツーリスト」の寺崎さん。雨の中ありがとうございました。

(写真クリックで拡大)

  

馬見原は熊本・宮崎・鹿児島の街道の拠点となる宿場町として栄えたそうで、明治の歌人・若山牧水(わかやまぼくすい)が延岡中学校時代、修学旅行でここ馬見原を訪れた際に

「和泉屋という旅館に泊まる、待遇すこぶる厚し、馬見原は洒落た町なり」

と日記に記しています。

 

ちなみに、古くからの蔵を残す「本八代屋」(もとやつしろや)さんには明治の頃の当主の写真が残されていて、撮影したのは新町・富重(とみしげ)写真場の富重利平(りへい)さんでした!

 

さらに、馬見原にもなんと「新町」「古町」がありました。親近感が湧きます。(笑)

 

 

講座の最後に、私からもちょこっと(3分ほど)お話をさせていただきました。まちづくりの情報発信にITをどう生かすか、について。

 

実は最近友人知人に会うとよく『新町古町、最近がんばってるね』と声をかけられるんですが、実はそれは間違いで、錯覚なんですね。

新町古町は今、特別がんばっているわけではなくて、昔っからいろんなことをやっています。

ただ、最近はブログやTwitter、Facebookといったツールを使って情報を露出させるようにしているので、がんばっている「ように見えている」んだと思っています。

そして、新町古町でそういう情報発信者が増え、それを見たマスコミがTVや新聞で取り上げてくれ、追い風になっています。

 

と、いうようなことをお話ししました。

「これからはインターネット時代だから」と新たな仕掛けを用意する必要はありません。今ある資源についての情報を発信し続けるだけでも、かなり違うと思います。

 

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